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2005年2月27日

愚か者死すべし

日本のハードボイルドの最高傑作といわれる、原尞氏の私立探偵・沢崎の新シリーズ、『愚か者死すべし』(早川書房)をようやく読んだ。昨秋に刊行されてすぐ購入はしていたのだが、長年、刊行を待たされたので、逆に読み出すタイミングを失っていた。

旧シリーズと同様に読み応えのある作品だ。名作と高い支持を受けているのも頷ける。ま、これ以上、中身をどうこういわないが、本の価格が高いと感じる昨今、この本の1680円(税込み)は安い。

これまた中身とは直接関係ないが、登場人物の一人、ある私立大学付属病院の助教授が里見であるのは、「白い巨塔」を意識しての名前だろうか?

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2005年2月25日

外出先のウォシュレット

ここ数十年で最も大きな発明はインターネットや携帯といった通信関連になるのだろうか?しかし、忘れてはならないのがウォシュレットだ。大きな発明というのは、案外、そもそもの発想はシンプルなのかもしれない。ウォシュレットもそうだと思う。排便後に水で洗うという、あんな気持ちのええことをどうしてこれまでしてこなかったのか。まさにコペルニクス的転回だ。しかし、あの気持ちよさに慣れてしまうと、外出先で用を足したくなった時が困る。ウォシュレットなしでトイレを出るのは、ウォシュレット以前に喩えれば、紙でふかずにいるようなものだ(べつに喩えなくてもいいのだが)。

ただ、最近はウォシュレット付きのトイレも増えてきた。自分と同じく、“ウォシュラー”の方々にアドバイスするなら、最近できたショッピングモールやホテルの公衆トイレが狙い目(こういう施設内のトイレは公衆トイレとは言わないのかもしれないが)。ウォシュレット付きのトイレになっている確率が高いとみる。それでも競争率が高いことは覚悟して頂きたい。ウォシュラーはめざといのである。

しかし、外出先のウォシュレットで注意しないといけないのは、水温や水圧だ。家の水温と同じ感覚でボタンを押すと、メチャクチャ熱くてとびあがることがあった。あの時はまさにとびあがる(皆さんも経験あるでしょう)。水温調節のボタンが操作できるのならいいが、操作できない場合(詳細をいえば、水温調節の箇所の蓋を開かなくしている)は要注意。こんな時は、いきなり粘膜のところへ水(というかお湯)を当てようとせず、まずは少し横にお尻をずらして温度を確認する。この行為をお勧めする。可愛くいえば、お尻のホッペにまずは当てるわけですな。仮に水温が調節できるとしても、最初は、元の水温のままで出てくることもある(水温を下げても、最初は熱いままということ)ので、注意したいところだ(←そんなエラそうに言うほどのことでもない。かなりマニアックなアドバイスだ)。

水圧は水温に比べると操作できるケースが多い。あまり強い勢いであてるのもよくないらしい。以前に雑誌で読んだことがあるが、熱めのお湯でのウォシュレットは低温やけどになる可能性があり、強い水圧では粘膜を傷つけるらしい。皆さん、気をつけましょう。

ところで、最近、自宅のトイレで困るのは、もうじき2歳になる長男がウォシュレットで遊ぶことだ。ボタンを押して遊んでおり、あとで入ると水浸しになっていることがあった。ウォシュレットから出された水はお尻で受けてこそ、便器に落ちていくものだと改めて気づいた次第だ。

追記
 “ウォシュラー”は私、山本尊の造語です(たぶん)。

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2005年2月23日

come rain or come shine

火曜の、グリーンチャンネル収録が終わると、どうしても東京への“通勤”がテーマになってしまう。

新幹線に乗って東京へ向かうあいだには、晴れている地域もあれば、曇っている地域もある。道中で雨が降っている地域もある。冬場は、米原あたりで吹雪になり、そこを過ぎて、名古屋へ入ると、“あの雪景色は何やったんや”と思うほど、晴れ渡っていたりする。そして、“これなら、今日は富士山が綺麗に見えるかな”と思っていると、雲に隠れていることもある(ちなみに、昨日は写真でよく紹介されているとおりの、綺麗なフジヤマだった)。

現代の日本では、ほとんどの人がどこかに定住して暮らし、旅行や出張の際に別の地域へ出かける。定住しているからこそ、旅行という行為も楽しみのひとつになるのだ。このような定住生活では、天気の移り変わりを、時間の経過とともに感じる。たとえば、“昨日は雨が降っていたが、今日は晴れ”といったように。

だが、たとえば騎馬民族がそうだったのかもしれないが、ひとつの場所に定住しなければ、天候や気候の変化を、時間だけではなく空間の変化でも感じる。大阪では雨が降っていたが、名古屋では晴れている、といったように。といっても、彼らにあこがれているわけではないけれど、ひとつの地域から動かなさすぎるのはよくないのかなと思いつつ、降っても晴れても、火曜日には新幹線に乗って東京へ行く生活が続いている(時々休むけど)。

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2005年2月21日

競馬場のある銭湯

中部国際空港が開港した。飛行機の乗客だけでなく、テーマパークとして観光客を集める意図もあるようだ。空港に銭湯があることも話題になっていた。海外への便が多くなれば、関西からも利用価値が高くなる。新大阪から、「はるか」に乗って関空へ行くのと、「のぞみ」に乗って中部国際空港(もちろん名古屋で乗り替えだが)へ行くのとでは、要する時間はそんなに変わらない。関空も対抗してサービスを充実させてくれれば、ありがたい。栗東トレセンの厩舎関係者が北海道の牧場に行く場合は、伊丹や関空だけでなく、中部も利用するだろう(いや、中部の方が利用頻度は高くなるかもしれない)。

ところで以前から考えていたのだが、競馬場にも銭湯をつくってはどうか?最終レースが終わって、ひと風呂あびる。ま、JRAではまずやらないだろうが、公営競馬でどこかチャレンジしてほしい。“廃止問題が取り沙汰される昨今、そんなカネがどこにあるか”、と突っ込まれるかもしれない。それは、サウナの会社とかに働きかける。万一、温泉でもほりあてれば、温泉の方がメーンになって、ついでに競馬もやってます、となるかも。それでサバイバルできるのなら、それも競馬産業の生きる道?である。

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2005年2月19日

時効と逮捕

先日、女性タレントが、商品を倉庫から段ボールごと盗み続けていたことを告白したのが話題になっていた(実際に番組を見たわけではないが)。そもそも、テレビやラジオで、タレントが、「時効だから言いますけど・・」と前置きをして、過去のちょっとした軽犯罪を告白することがある。“これが時効と違うかったらおもろいやろな”と思っていた。たとえば、「時効だから言っちゃいますけど、一年前にシャブを打って」とかだ。これは自白であっても自首にはならないのだろう(当たり前だ)。今回の、段ボールごと窃盗の告白は、こちらの空想がいわば現実になったわけで、世間とは違う意味でビックリである。

それとは関係ありそうでまったくないが、先ほど交番の横を通ると、指名手配リストが貼られていた。例の、「この人を見たら110番」のパターンのヤツだ。そのリストのなか、指名手配犯の顔の下に、「ご協力ありがとうございました」とのメッセージが貼られていた。以前からこの種の“お礼”は貼られていたのだと思うが、生まれて初めて気がついた。この犯人はタレ込みで捕まったのだろう。なかなか、警察も律儀だ。

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2005年2月18日

百均ショップでまとめ買い

さほど質にこだわらない文具、雑貨などは、最近もっぱら百円均一ショップを利用する。先ほども行ってきたばかりだ。ここ数年の百均ショップ、中身の充実度には驚く。“これが百円!?”と驚くこともある。それどころか、センスのある店構えと思っていたところが、実は百均ショップだったこともあった。

しかし、店側にすれば、“これが百円!、安い!”という、客のサプライズがあればあるほど、思うツボなのだろう。安いという先入観をもってしまうと、あれもこれもと必要のないものや、スーパーでも同じぐらいの価格の商品とか、スーパーでもっと安く販売されているものまで、つい手を出してしまう。百円という価格がそうさせるのだ。極端な例をいえば、商品Aは仕入れ値が20円、商品Bは仕入れ値が80円だとする。店側とすれば、Aが売れた方が儲かる。しかし、一般には、Bの方が客側からすれば人気はあるはずで、Bを目玉商品として、宣伝し、ついでにAも買ってもらう。これが基本的な戦略だろう。たとえば、この商品Aが356円なら、他の店と比べて、“あっちの店の方が安かったから、ヤメとこ”と、思いとどまりやすいが、100円ならつい手を出してしまう。自分の経験でいえば、“この傘が100円か、安い”と思い、購入していざ使ってみると、かなり小さかったことがある(百均の商品がパチもんということではない。これまでの基準から,100円という価格はかなり安いと感じる商品には、それなりの理由があるということだ)。

ここでふと思うのだが、客を呼び寄せるために、仕入れ値が100円を超えるような商品も置くのだろうか?あるとしても僅かだろうが、百均ショップ関連の方がご覧になっていれば、教えてください。

このようなことを考えるのは、百均ショップがいわば経済の原点(というか、貨幣流通を学びやすい?)だからかもしれない。価格が同じだから、一般には複雑でわかりづらいことにも考えが及ぶのだ。百円均一なのだから当然だが、店の中では、商品AもBもCも同じ価値(価格)なのである。女性の下着やネクタイも置いてあるが、それらと封筒セットが同じ価値なんだと、実感する(いや、女性の下着は買わへんけどね、念のため)。

あと、百均ショップでは、レジで精算が混み合っているように見えても、意外に時間がかからない。価格が同じだから、店員がさばくのが早いのだ。商品の個数に消費税を加算すればいいだけ。性能の高いレジスターは必要ない。こんなことでもコストを削減できるのが、人気のある商品を仕入れることのできる要因になっているのかもしれない。

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2005年2月17日

モスバーガーの電話予約

普段はあまり食べないが、時折、ハンバーガーを無性に食べたくなる。そんな時は、前もってモスバに電話で注文。何時に取りに行くかを指定しておくと、待たなくていい。ファーストフードといっても多少は待たなければならない。だが、ファーストフードだけに待ちたくないのである(嫁の母がモスバの株をもっていて、株主優待券がまわってくるというのも、モスバを利用する理由のひとつ)。

今日の昼もこのパターン。お昼どきで待っている人がいたが、「電話で注文した山本ですが」と言うと、優先してくれた。待ち人は悔しそうだが、ちょっとした優越感に浸れる(くだらん)。店側としては、「電話の注文を優先しますよ」というデモンストレーションの意味もあるのかもしれない。悔しい思いをした人は、次回、先に電話で注文しておこうと思うかもしれない(しかも、電話代として10円くれる)。

逆に待たされる側になったのは、1ヶ月ほど前、耳鼻咽喉科でのこと。耳がつまってヘンなので、いきつけの耳鼻咽喉科に行った。この医院は予約制というか、飛び込みもアリだが予約優先。しかし、診察当日にはもう予約はできないシステムとなっている。当日になって、どうしてもその日に診察してもらおうと思ったので、待つのを覚悟で予約なしで行った。

なかなか呼ばれないことはわかってはいたが、あとから来た人に次々と抜かれ、すでに1時間経過。「あと何番目ですか?」と聞くと、「8番目に中の待合いへ入っていただきます」とのこと。つまり、中の待合いでまだ待たなければならない。さすがに疲れて、「後日来ます」とあきらめた。

“ええかげんにせえ”と、帰りの車で怒っていたが、たまたま、以前に一度行ったことのある別の耳鼻咽喉科の前を通った。車を止めて中を見てみると、それほど混んでいないので、そこで診察してもらった。この選択が吉と出て、快復に向かったのである。禍福はあざなえる縄のごとし?

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2005年2月14日

バレンタインデー

バレンタインデーといっても、44歳の、しかも家で仕事をしている男には何の恩恵もない。

長女は幼稚園年中組だが、昨日(日曜)夕方、西宮の阪神百貨店まで連れて行って欲しいとせがんでいた。スーパーではなく、デパートのブランド物チョコを、同じ組の男の子二人に渡すと意気込んでいた。5歳にしてこうでは、先が思いやられる。ちなみに、父親にはアーモンドチョコ1個を渡しただけだ。

まあいい。こちらも、彼女がもらったお年玉を、“貯金しといたる”と言って、横領した。どっちもどっち。いや、親の方に問題があるとおっしゃるだろうか? しかし、我が子には教えてやらなければならない。

“カネは自分で管理せよ”、“カネは渡せば負け”なのだ。

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2005年2月12日

花粉症

寒波が過ぎ去ると、もう花粉症のピークがすぐに来るとか。自分は、スギはノープロブレムだが、4月から5月にかけてブタクサ、ほかにイネ科の花粉が飛ぶ時期に、鼻がこそばくなる。世間の花粉症が一段落した頃に発症するわけだ。「スギの花粉症で」と言うと、“この人は繊細なんや”と思えないこともない。だが、ブタクサという言葉の響きはちょっとカッコ悪い。ま、薬を飲んでいれば、それほど辛くはない程度だから、「毎日が憂鬱」と感じていらっしゃる方と比べればマシだろう。また、その期間中ずっと、というのではなく、花粉とホコリの合わせ技一本で症状が出る。複雑である。人それぞれなのである。

花粉症というのは、本来、自分にとって敵ではない(害を及ぼさない)花粉を、敵とみなして免疫システムが防御態勢に入り、鼻水やクシャミを出したりする症状だ(と記憶している)。システムが正常に働いていない(というと大げさか?)なりに、その花粉が飛ぶ季節になると、規則的に決まった症状が出るというのは、なかなか興味深い。不規則でいて規則的?な症状。文字入力ツールが変換ミスをも記憶しているようなものかもしれない。

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2005年2月10日

愛の流刑地

ここ数ヶ月、起きてすぐに行うのは、「愛の流刑地」を読むこと。日本経済新聞の終面(文化面)で連載されている渡辺淳一の小説だ。

世の中でも話題になっているようで、冬ソナに続いて、愛ルケと呼ばれているようだ。“格式高い日経でここまで書いてええんか?こんな都合のええ人妻はおらん”と思いながらも、つい読みふけってしまう私である。今後の展開が楽しみだ。

本日の日経朝刊も、まずは「愛の流刑地」を読み、そのあとに一面を読み出すと、「春秋」という欄で、こんなことが書かれてあった。

「たとえば七百円の買い物をするのにレジで千二百円払う客がいたとする。ワンコインの釣り銭が目当てとおぼしきその人物、おそらくは五百円玉貯金の涙ぐましい励行者だ」

ま、貯金をしているかどうかはともかく、この客はお釣りをチャラ銭ではなく、五百円玉一枚で欲しかったのであろう。自分もよくやる。たとえばコンビニで買い物をして、合計額が612円だったとする。財布に端数が12円あるときはぴったり出すし、ない場合も、1120円を出したりする。要するに、“お釣りは五百円玉一枚と、残り8円をちょうだい”ということだ。

普通は、こちらの意図をわかってくれるのだが、鈍感な店員は、百円玉5枚と残り8円を渡してくる。仮に、五百円玉をきらしていたとしよう。それなら、「あいにく、今は五百円玉がございません」とのひと言があってしかるべきだ。

話は戻るが、日経では金曜夕刊のスポーツ面、「馬鏡」というコーナーを時々担当しているので、またご覧ください(たとえば、西で大きなレースがある週)。自分が書いている、いない以前に、金曜夕刊の競馬記事は充実しています。馬事探訪や、日経記者の野元、中川さんの記事も参考になるので、是非ご覧ください。

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2005年2月 9日

プリペイド馬券

スイカ、イコカ、ピタパ、スルッとKANSAIなどなど、鉄道を利用する際にはプリペイドカードの類が使用できる。他の買い物でもプリペイドカードはずいぶん普及している。アメリカの競馬場では、プリペイドカードで馬券を買っていた。日本でも、馬券を買えるプリペイドカードを販売してはどうか(法的に可能ならば、だが)。

単に、開催日に前もってプリペイドカードを購入するとかよりも、もっと規模を広げて、たとえば贈り物とか、披露宴の引き出物に使えるようにすればいい。それほど親しくはないけれど、祝い事でちょっと何か贈りたいとかいうときに、10000円分とか、5000円分のプリペイド馬券をあげれば、喜ばれるだろう。それが5万円にも、10万円にも化ける可能性がある(もちろん、その逆もありえるが)。余談だが、引き出物という言葉は、昔、馬を庭に引き出して贈ったことから、こう呼ばれるようになったそうな。

JRA、あるいは公営競馬でこの案を実現させるなら、企画料をちょうだいいたします。ギャラはプリペイド馬券でOKです。

追加
日本が北朝鮮に勝った。朝日とBSを切り替えながら見ていた。どうでもいいことだが、朝日の方で、競技中の解説でセルジオ越後がコメントしていなかった(彼が登場したのは、前半と後半のあいだ)。この起用法は視聴者の声も反映されているのか?うるさい解説者は競技を問わずいるが、セルジオ越後は異質だ。セルジオが淋しげに見えたのは私だけだろうか?

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2005年2月 8日

オリビエとソフィー

火曜日は東京で収録。先週は休んだので、2週ぶりの東京通勤である。1週、開くと妙に新鮮だ。

またもや新幹線の話題だが、車内でどうも外国人との相性が悪い。なぜか、よく喋る外国人グループが近くに座るのである。今日もそうだった。フランス人のカップルがすぐ後ろに座った。いや、フランス人がどうかわからないが、フランス語で話していたので、おそらくフランス人だろう。年齢は40代後半とみる。仮に、男をオリビエ、女をソフィーとしておこう。

車内が空いているのをいいことに、オリビエとソフィーは隣同士で座らずに、通路を隔てて座り、ペチャクチャと話し始めるのだ。しかも、香水の匂いがきつい。どうして、彼らは親の仇のように(という喩えもヘンだが)、香水をつけるのか!頭が痛くなってくる。

これはかなわんと、こちらは車両の後部に移動。やれやれと本と読み始める。すると、オリビエがやってきて、デッキで携帯電話で話し始めた。しかも、ドアの近くをウロチョロするものだから、そのたびに自動ドアが開く。さすがにムカついて、睨むと、電話を切った。一方、ソフィーの方は、たいして長くもない足を、前の座席にのせてリラックスムードである。

“こら、ソフィー、ええ加減にせえよ。日本の女の子はもっと足が長いんやー”とワケのわからんことを言いたいところであったが、フランス語で話すのは無理なので、あきらめた。

そこで思ったのである。マナーとは何だろうか?雑誌類では、欧米と比較しながら、日本人のマナーが話題になることがある。しかし、どの国でもピンからキリだ。また、日本のなかであっても、ある地域では許されることが、別の地域では許されないことだってある(オリビエとソフィーの行動がフランスでどうなのかは知らないが)。

結局、“郷に入りては郷に従え”がマナーの基本ではないだろうか。たとえ、その人に流儀があっても、他の文化や地域では許されないこともある。それがわからないなら、旅行はしない方がいい。

注釈:男の名をオリビエとしたのは、フランスの男ですぐに思い浮かんだのが、オリビエ・ぺリエだったから。ペリエ騎手を批判しているわけではないことはいうまでもない。

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2005年2月 7日

マリア・シャラポア

先週末のスポーツニュースは、日本でトーナメントに出場していたマリア・シャラポアの話題でもちきりだった。衝撃的だったのは昨年のウィンブルドン。テニスやゴルフに詳しいわけではないが、毎年、夏を迎える儀式のようになっているのは、ウィンブルドンと全英オープン観戦(いや、もちろんテレビで)。どちらもイギリスの伝統あるスポーツイベントだ。

このウインブルドンで、“まあ、なんとベッピンさんやな”と注視していると、シャラポアは杉山愛を破り、ウイリアムスを破り、優勝してしまった。驚いた。長身をつかったフォームは、まるで「エースをねらえ」のお蝶夫人のようであった。

と、アスリートとしてのシャラポアを純粋?に応援する自分とは違って、世の中では、彼女の乳首が話題になっている。悲しい状況だ(ウソつけ)。しかしである。もっとインパクトが強いのは、サービスやスマッシュのとき、あらわになる腋ではないか。

白いどころではない。青いくらいだ。まるで長嶋茂雄のひげ剃りあとのようだ。しかしザラザラではなく、ツルンツルンだ、触ったことはないが(当たり前だ)。フルセットにまでもつれこめば、おそらく、ダート短距離の堅実馬のようになっているはず。つまり、ワキノカイザーである。そういえば、ワキノタイガンという馬もいた(腋の大汗)。だが、彼女はそのようなことはおくびにも出さない。

誤解されると困るが(←村上龍のよく用いるフレーズ)、自分は決して腋フェチではない。しかし、これから暖かくなっていく時期に、シャラポアを、制汗剤のCMに使わないテはない。彼女やエージェントがOKするかどうかは知らないが、今出演している車のCMよりはインパクトが強いのではないか?

実際に彼女を起用する場合は企画料をちょうだいいたします。

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2005年2月 4日

ファイトーいっぱーつ

今週は法事や寒波の影響か、疲労気味。こんな際に時々飲むのがスタミナドリンク。効果があるかどうかではなく、あの味を欲するような気がする。売り手の策略にはまっているのかもしれないが。

元祖スタミナドリンクのひとつは、“ファイトーいっぱーつ”のCMで有名なヤツ。出演者やシチュエーションは変わっていくものの、コンセプトは自分の子どもの頃とまったく同じ。筋肉系の役者(ないしはアスリート)が二人。そのうちの一人が,たとえば、崖から落ちそうになっているところを、もう一人が助ける。その際にお馴染みなのがあのかけ声だ。

そろそろあのCMもパターンが異なるヴァージョンが出てきてもいいのではないか。崖から落ちそうになっているのを助けようとしたが、結局、指がすべって、「あーっ」と言いながら、谷底へ落ちてしまうとか(つまり、あのドリンクを飲んでいなかったから、助からなかった)。約20年(それ以上?)、ネタを振っておいて、オチはこれやったんかと視聴者に思わせる。これも壮大な大河ドラマである。あるいは、スレンダーな女性(巨乳系でもいい)が男を助けるというのもありか?

これらのヴァージョンを使用する場合は、企画料をちょうだいいたします。

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2005年2月 3日

2時間推理ドラマ

昨日、久しぶりに「トリビアの泉」を最初から終わりまで見た。興味深かったのは、2時間の推理ドラマの場合、新聞のテレビ欄で犯人は何人目に載っているかということ。3人目が統計上多かった。

そもそも2時間推理ドラマはあまり見ない。さらに見終わって、“あー、おもしろかった”と思うことは滅多にない。むしろ、“この2時間で何か他のことができたのに”と思うことの方が多い。それがわかっていながら見てしまうのは、有意義に使いたくない時間もあるということだと思う。ボーッとしながら、かといって瞑想するほどではなく、無意味に流れていく時間もないと、しんどいのだ。ずっと効率を優先していると疲れてしまう。映画を見たり、本を読んだりするのでもない。あとで、ちょっと後悔するような時間も必要?なのである。胃がもたれるとわかっていながら、深夜にラーメンを食べるようなものだ。

「トリビアの泉」の前記テーマでは、船越栄一郎や山村紅葉が、パロディ風コントに出演していた。確かに、船越栄一郎のように、様々な2時間ドラマに出演して、しかもそれらがシリーズ化されると、消防士の役だったか、記者の役だったか、刑事の役だったか、ドラマの途中で混乱することがある。もっと困るのは、山村紅葉だ。渡瀬恒彦の十津川警部シリーズでも、高橋英樹の十津川警部シリーズでも、部下の刑事役を演じている。これも混乱する(結構、2時間ドラマを見てるやないか、と突っ込まれれば、反論はできない)。

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2005年2月 2日

川沿いの占い師

自宅のすぐ横の川は上流から河口まで左右に桜の木が植えられており、近畿でも桜の名所のひとつ。春だけでなく、一年を通じて、近隣住民の憩いの場となっている。いつからかは忘れたが、その川沿いで中年男性が占いを始めた。もちろんプロである(と思う)。雑踏に机を置いて、相手が来るのを待つという、よく見かけるあのスタイルだ。

自分自身、占いにあまり興味はないが、彼になら自分の運勢を占ってもらってもいいかなと思う。その理由は・・

一つ目。
占ってもらう際に、まわりの目を避けてという人は今では減っているかもしれないが、それでも通り過ぎる人たちのほとんどに見られる場所というのは、二の足を踏むのではないだろうか。そんな場所であえて店開きをした。その発想の転換を評価したいのだ。実際、占い師と客が話し込んでいる姿を見ても、あまり気にならない。オープンな感じで、いわば堂々と裸で歩かれているようなものだ(ちょっと違うか?)。自然のなかのそのロケーションは、これまでの占い界(そんな業界があるのかどうかしらないが)の常識に反しているようにも思うし、一見、不似合いなようで、見慣れてくると、全く違和感はない。

二つ目。
屋根も風よけもない場所だから、当然、天候に左右される。雨が降っているときは休業のようだ。ただ、今日のように非常に寒くても朝、店開きの準備をしているのを見た。天候に左右されるのを覚悟のうえで、そこで占おうとする姿勢には、彼の自信を感じる。

なかなか人気があって、待っている人もいるくらいだから、占い自体もよくあたるのかもしれない。

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