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2005年5月30日

ダービーを終えて

現場の記者だった頃ほど、ダービー後に脱力感を覚えることはなくなった。毎週の習性で、日曜夜から、「先週の結果分析」へ向けての準備を始めるからだろう。ま、それでも中央競馬ではダービーをもって一年が終わり、3週後の新馬戦から新たな一年が始まる。

前回の日誌で、ダービーの買い目を述べたので、結果を報告しておきます。3連単で計4万円を購入。ディープインパクトの1着固定で、そのうち、「アドマイヤジャパン、インティライミ絡みを厚め」としたように、5-7-15は1000円で、計42500円の配当。絵に描いたような?トントンでした。点数を絞るべきと思われる方もいらっしゃるだろうが、飛び道具(高配当)も得ようとすると、こんなパターンもありえるのは仕方がない(これまた、戦前の段階で、一昨日、述べていたこと)。馬券戦略で重要なのは、1回や2回うまくいかなくても、“愚直に”戦法を貫くことだ。

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2005年5月28日

日本ダービー

競馬に関わるうえで、自分にとって最も重要なのは、年間を通じて馬券収支を黒字にすること。今年は3連単の買い方を試しながら、ここまで黒字できている。ダービーだからといって、馬券を買うという点では特別な思いは一切ない。自信があれば買うし、軸馬が決まらなければ買わない。ただ、やはり最も注目されるレースではあるし、今年のダービーはいうまでもなく、申し分のない軸馬がいるので、現時点の3連単の買い方を述べながら、ダービーに触れてみる。

といっても、秘技めいたことは何もない。現時点の戦略は、3連単を買う場合、点数が多くなるのを恐れない、ということ。もちろん、絞って的中できるにこしたことはないが、3連単で絞るのはなかなかむずかしい。ここまで、自分の3連単の最高配当は5500倍(100円が55万円)だが、この時は216通り買っていた。

ダービーはディープインパクトを1着固定にして、2着、3着は全通り買う。つまり、ディープインパクトが勝てば、2着3着にどの馬がこようとも的中ということ。全部で272通り。そのうち、100倍以下で特にアドマイヤジャパン、インティライミ絡みは厚め。ま、それでも当たって損となる場合もあるが、それはそれで仕方がない。こんなこともあるとあきらめる。

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2005年5月27日

宝くじ・前々後々賞?

ドリームジャンボ宝くじが発売中。一応、10枚は参加した。まず当たることはないが、当たれば配当がデカい。

近所の知り合いに聞いた話。ジャンボをバラで購入して、1等の当せん番号を調べていると、組はもちろん、番号の下ふた桁まで当たっている。動悸がして、手が震え出し、いったん番号を見るのをやめたそうだ。気をとりなおして、調べてみると、1等に二つ違い(正確には二つ前)の番号だった。ご存じのように、一つ前なら前後賞がある。1等の2億円には及ばないが、前後賞でも5千万円だ。だが、さらに一つ前なら、一銭ももらえない。当たり前とはいえ、当人にして見れば、何と苛酷な現実だろう(これがホンマの“当たり前”?)。さすがに、その日は何もする気がおきなかったそうだ。

以前から、1等の2億円に対し、組違い賞の10万円は安すぎると思っていた。6桁の番号がすべて合っているのに、組が違うだけで、こうも当せん金額が違うのはいかがなものか?しかし、この話を聞いて、前々後々賞もあっていいのではないかと思い始めた。ま、そんなこと言い出すと、キリがないのだが。

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2005年5月26日

煙草の誤飲

乳幼児が煙草を誤飲して、命に関わる事態になることがある。

我が家は誰も煙草を吸わないが、昨日、近くの公園で、危うく長男が捨てられてあった煙草を口に入れるところであった。子どもがよく遊ぶ公園でポイ捨てする人間の気が知れない。口紅がついていたので女性だろう。ポイ捨てするところを目撃していたなら、鼻の穴に火のついた煙草の先をグリグリ突っ込んでやったのだが・・。

長女は5歳なのでさすがに区別がつくが、2歳の長男はまだ食べていい物とそうでない物との区別が完全にはできない。大人からすれば、どうしてあんなものを、と思ってしまうが、大人が口に加えているのを見て、食べてもいいものと判断してしまうのだ。そうはいっても叱っておいた。「アホな奴らの物を口にすれば、アホがうつるぞ」と。アホは伝染する。気をつけなければならない。

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2005年5月25日

4週ぶりの東京

3回京都開催中、「先週の結果分析」を休んでいたので、昨日は、4週ぶりの東京行きであった。収録の段取りは忘れてはいない。何しろ、1999年より6年以上関わってきた仕事である。ただ、前後の段取り、たとえば、列車のダイヤは意外に4週経つと忘れてしまっていた。

収録自体はいつもと同様に終わったが、何か違和感がある。単純に4週ぶりだからかと考えていたが、新大阪に戻ってくる頃に分かった。前述したように、体に馴染んでいる段取りもあれば、忘れてしまったこともあって、どっちつかずだったのだ。これが1年ぶりとかなら、すべてが同じレベルで忘れてしまっていたのだろうが、馴染んでいることと忘れてしまっていることとにギャップがあって、“どっちやねん”状態だったのである。

それにしても休暇中の4週間は、貴重な期間だったし、ゆっくりできたし、どっちつかずでもあった。まとまった時間があればやりたいと思っていたことをできたという点で貴重。収録がなく、火曜日に東京に行かないという点でゆっくりできた。しかし、1週間のうちで何か基準になる仕事がないという点でどっちつかず(当然、収入も減る)。フリーになってよくわかったことだが、仕事というものは、依頼が来ると、他の依頼もある。しかし、依頼が来なくなると、他の依頼も止まる。お金はお金持ちに集まるというのと似てなくもない。「先週の結果分析」出演を休んでいるあいだもそう。偶然の面も必然の面もあるのだが、不思議なほどこの法則は当たるということを、再度実感した。だから、人は働き続けるのかもしれない。

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2005年5月23日

占い師何処へ?

2月2日付けでとりあげた“川沿いの占い師”を最近見なくなった。違う場所に移ったのだろうか?緑に囲まれているところだったので、むしろこれからが居心地のいい季節のはず。なんでや?

市や何らかの組織から圧力を受けたのか、それとも、“この場所ではもうあまり稼ぐことができない”と思ったのか、もっといい場所を見つけたのか・・・。あるいは、自身を占って、そう決めたのか?占い師はたとえば遊牧民のように、一定のサイクルで場所を変えるのだろうか?

どうして占い師を志したのか、それは彼に限らず占い師全般に聞いてみたいことだが、おそらくエチケットに反することだと思うので、実際に聞くことはない。ただ、川沿いの占い師は知らぬ間に馴染んで、風景にとけこみ、知らぬ間に去って行った。何だか、彼がソコにいないと落ち着かない。ピアノマンほどではないが、ナゾの残る占い師であった。もし今度、川沿いに現れたなら、その時は話をしてみたい。

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2005年5月21日

結局セルフ

4月1日付けで述べたように、セルフ方式のガソリンスタンドでキャップを付け忘れたので、それからは店員のいる普通のスタンドを利用していた。しかし、結局、セルフ方式に戻った。店員にオイルや洗車など勧誘されるのが煩わしいのだ。近所に、店員がいるけれどもサービスは一切なしで、他のスタンドより総じて安いスタンドがあるが、入りにくい場所にあるので、どうも利用しづらい。セルフのスタンドでは、キャップを付け忘れないように、運転席に置くようにしている。

ニュースでもよく報じられているように、ガソリンの価格が高い。セルフならもうちょっと価格を下げてほしいものだ。110円台なら安い部類という日もある。ムカつくのは、118円とか看板に出していて、いざ入ってみると、それは会員価格で、一般では120円という場合。わずか2円の差だが、だまされた感じ。印象もよくない。あれはやめた方がいい。

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2005年5月19日

一人つっこみ

NHK-BS1で、MLB中継のあとに、アメリカ、中国など、それぞれの地域の放送局のニュースをよく放映している。現地キャスターの声にワンテンポ遅れて、同時通訳で日本語が流れる。その際、インタビュアーとそれに答える人の二人が登場しているとしても、日本語の通訳は一人ということがある。

キャスター「テロリストは核兵器を入手できるとお考えですか?」
解説者「そうはならないことを願っていますが、そうさせないためにあらゆる手段を講じるべきです」

といったようなやりとり。画面を見ていれば、話し手が替わったことがわかるが、日本語通訳を聞いていると、声が変わらないので、作文を聞いているような感じだ。

このように一人で同時通訳する人は、日常会話でも相手の答えを待たずに、勝手にボケて勝手につっこむ癖がついてしまうかもしれない。これも職業病だ。

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2005年5月17日

字幕のコロンボ

見たい映画は、レンタルビデオではなく、なるべく劇場で見ようという方針。ただ、「わざわざ劇場まで行って見る気はないが、レンタルビデオでは見たい」という類もある。最近では、「エイリアン対プレデター」。1800円を払って見る気はないが、怖い物見たさであろう。怖いというより、関西でいうところの、気色悪い(きしょくわるい)けど、ちょっと見てみたいという気持ち。と思って、昨夜、近くのビデオ屋に行くと、貸し出し数トップであった。“みんな同じやな”と思っていたが、結局、借りなかった。悪い夢を見そうだったので。

“ちょっとビデオでも見よう”と思っていたのに、結局、借りなかったり、あるいは既に貸し出されていて、見ることができないような場合には、昔の刑事コロンボシリーズを見直したりする。以前に、ケーブルTV(確かスーパーチャンネル)に放映された際に録画しておいた。新シリーズも含めて、ほとんどすべて揃っている(DVDでコンプリート版も出ている)。ストーリーがわかっていてもおもしろいシリーズだ(なかにはストーリーを忘れている作品もある)。

初めてコロンボシリーズが放映されたのは、小学生高学年から中学生の頃だったはずなので、30年以上前。当時はNHKで土曜の夜に放映されていた記憶がある。吹き替えの声は小池朝雄。いうまでもなく、日本でのコロンボ人気は、吹き替えの声がマッチしたことも要因として挙げられる(新シリーズは石田太郎)。

ただ、昨夜見直した、「おもちゃの兵隊」は字幕版で保存していた。ピーター・フォークの声自体、決して馴染みが薄いわけではないのに、吹き替えにすっかり馴染んだシリーズなので、ちょっとヘンであった。字幕の字が小池朝雄の声で入ってくる感じ。これこそ吹き替えが成功した証明かもしれない。

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2005年5月15日

5キロ減

といっても馬体重ではない。年明けに74キロだった体重が69キロに。試行錯誤の結果、5キロ減のダイエットだ。

第1期(1月、2月中旬)
寒いので積極的に運動する気がおこらず、まずは食事に配慮する。朝食は生姜紅茶のみ、昼食はそばやうどん、夕食はあまりこだわらず、ともかくこれまでの7、8割の量とした。これで74キロが71キロほどに。

第2期(2月下旬から4月中旬)
バタバタして、ダイエットにまで気がまわらず。体調も崩し気味であった(今思えば、食事を制限したことも、体調を崩した要因かもしれない)。第1期でそれなりの成果があったことで油断したこともある。とはいえ、リバウンドまではいかず、体重を戻すということはなかった。これが幸い。もし戻していれば、再度ダイエットに挑戦しようという気が失せたかもしれない。

第3期(4月下旬から現在)
血液検査をすると、中性脂肪やコレステロールの数値は依然として高い。ということで、今度は食事だけでなく、運動も取り入れる。とはいえ、1期、2期の反省をもとに、長続きできる方法をとる。ともかく続けられないと意味がない。朝食は海草タップリの小さめのおにぎり1個。1期のように生姜紅茶だけだと、どうもノリが悪い。昼食は麺類あるいはパン。パンを昼食にすることで、おやつや甘い菓子類への欲望をある程度制御できた。夕食は和食重視だが、あまりこだわらない。夕食後は極力何も摂取しない。そして30分から1時間ほど歩く(途中、走る区間有り)。これで70キロを切って、血液検査の数値も大幅に良化した。

上記の方法が医学的にいいのかどうかはわからないが、今のところ、それほどストレスがなく、体調にも問題はない。ここまでの結果を見る限り、食事だけ、運動だけではダメで、両面に注意した方がいいようだ。とはいえ、結局、たいしたことはやっていない。要は持続できるかどうかなのだろう。心身ともにしんどいと続かない。ま、あまりしんどくなくても、節制しているとどうしても反動がくる。そこでペースが狂うとダメだが、ある程度“緩める”ことも必要なようだ。ここ1週間ほど、緩めていたので、また引き締めにかかり、あと数キロ落としたい。忙しかったり、接待が多かったりすると、なかなかうまくはいかないので、ダイエットは生活環境上、困難な方も多いのだろうと、実感した。

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2005年5月13日

数え年2

人間の年齢は満○歳でほとんど表示するようになっているのに、サラブレッドの年齢は、日本では数年前まで数え年で表記していたのも、今思えばおかしなことであった(サラブレッドの方は厄年がすぐにわかる?)。

と言いつつ、ワシントンポストに掲載されてあるアンドリュー・ベイヤーのコラムを今でも時々訳したりする際、“3-year-old”と記述されたサラブレッドの年齢を、反射的に一つ足して4歳としたりする。習慣とは怖いものだ。

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2005年5月12日

数え年

昨日、門戸厄神へお祓い(祈祷)に行ってきた。今年は家族全員が小厄であることに今頃気づいたのである。

厄年というと、男の42歳が有名。自分自身、42歳の時に目の手術をして、“やっぱり厄年やったな”とつくづく感じてしまった。そのような大厄のほかに、小厄もある。門戸厄神にある厄年早見表を見ると、人生、幼少期から老齢期まで、数年おきに厄年があることがよくわかる。関心のある方は、門戸厄神のホームページで、厄年早見表をご覧になってください。

42歳の大厄を経験して、厄ということに敏感になっている。ギャンブルをやっていることもあるのだろう(関係ないか?)。ただ、そうであるにもかかわらず、5月になって厄に気づいたのは、厄年というものが、満の年齢ではなく、数え年を基準にしていることが大きく影響している。

自分は1960年(昭和35年)生まれで、今年の誕生日(12月10日)を迎えていないので、満44歳。俳優の佐藤浩市と同年同誕生日(先方はカッコよすぎる)。だが、数え年では46歳だ。つまり、その年の誕生日を迎える前なら、満の年齢に2を足して、誕生日を迎えた後では1を足す。

ちょんまげやお歯黒は、若者ではなく、年寄りを尊重する風習(つまり、毛や歯が少なくなった状態を標準にする)だと聞いたことがあるが、年齢も、早く年をとった方がエラいという発想で、数え年になったのかもしれない。とにもかくにも、普段は数え年で年齢を考えないようになっている(今は若者を尊ぶ文化?)。今年は小厄だと遅まきながら気づいた次第。自分と同年齢ではないが、妻もであった。

と思いつつ、幼少期の厄年を見ていると、3歳、5歳、7歳はいずれも小厄となっている(いうまでもなく、これも数え年で)。子ども二人も小厄であった。七五三という行事も、そもそもは厄よけだったのだろう。にもかかわらず、七五三は満の年齢でお参りすることが多いようだ。ま、このような行事は時代時代で変遷していくのかもしれないが。

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2005年5月10日

歯医者はつらいよ

30代なかば、2年ほどの長期間にわたり、歯科に通った。気になる箇所をすべて治療してもらったのである。その甲斐あって、その後はほとんどトラブルなく過ごしている。ま、半年ごとにその歯科に行って、チェックしてもらっていることも、歯や歯茎に問題のない要因だろう。本日行ってきたところだ。

この歯科のドクターは治療方針を綿密に説明されるので、こちらもわかりやすい。で、以前に、「その治療は、麻酔の注射を打つのですか?」と聞くところを、“麻薬”と言ってしまった。すぐに間違いに気がついて、互いに笑ってしまったが、どうもあとでジワジワとおかしさが甦ってきた。ドクターも同じだったようで、治療中に、ポツンと、「麻薬ってなあ・・」と、ハマってしまったみたいだ。こちらは治療を受けていればいいだけだが、先方はミスできない。こらえるのに大変だったようだ。

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2005年5月 8日

ヤン・ヤンセン

シューズデザイナーで、オランダが生んだ靴の魔術師と言われる、ヤン・ヤンセンの展覧会が近くの大谷記念美術館で開催されていたので行ってきた。行こう行こうと思いつつ、延び延びになっており、本日が最終日だった。

1960年代の作品でも、斬新と思える靴ばかりだ(靴のデザインにくわしい人から見てどうかはわかりませんが)。それぞれの靴のタイトルもしゃれていて、“マイハートビロングストゥ”とか“アルフレッド・ヒッチコックズ・フィアー”とか。

それにしても日曜日の美術館は何ともいえない静寂の空間だ。人はそこそこ入っていても、ゆったりできる。当たり前だが、競馬場とはまったく違う。4月17日付け「日曜朝の賛美歌」でも述べたように、最近は、“こちらの”雰囲気も好きになっている。といいつつ、帰宅後に馬券を買っているのだが。

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2005年5月 7日

ベクトルの強さ

自分自身が勝負ということに真正面から向き合うケースとなると、競馬においての収支がやはり真っ先に浮かぶ。馬券で勝てば嬉しいし、負ければ悔しい。たとえばスポーツ観戦でどこかのチームを応援して、そのチームが勝ったり負けたりする際の嬉しさ、悔しさよりも、馬券の勝ち負けの方が切実に感じる。当たり前だ。自分のことなのだから。

ただ、勝った喜びと負けた悔しさのどちらが強い感情なのだろうか?とふと考えることがある。もちろん、ベクトルの向きは正反対だ。勝った時は喜びという、いわばプラスの感情が湧くし、負けた時は悔しいとか残念といった、マイナスの感情が湧く(勝っても、“もっと大きく勝てたのに”と悔しいこともあるが)。しかし、ベクトルの強さは比較できるように思う。

自分は、勝った喜びより負けた悔しさの方が強いように思う。たとえば、ある金額分勝った喜びより、負けた悔しさの方が強い。このあたりは、少なくとも自分がアンケートした限り、同感してくれた人の方が多い。反対意見を唱えた人は、あまりギャンブルに興味がないという点で一致していた。

名投手は打たれたことの方をよく覚えていると、何かで読んだことがあるので、勝負にこだわる負けず嫌いの姿勢としては褒められるべきことなのだろうか?ま、悔しい負けの思い出があまり多くなるのもイヤだが・・・。

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2005年5月 5日

ウイングスタジアム

昨日、久しぶりにサッカーの試合をナマで見た。神戸ウイングスタジアムでヴィッセル神戸対浦和レッズの試合を観戦したのである。

ヴィッセル神戸の熱烈なファンというわけではないが、地元のチームだし、一度見ておきたかった(不調だが)。また、神戸ウイングスタジアムには行ったことがなかったし、長女が、「サッカーを見たい」と言ったので、ちょうどいい機会と思い、1週間前にコンビニでチケットを買っておいた。ま、カズもそう長く現役ではないかもしれないので、元気にプレーしているうちに見ておこうとも思った次第。

さすがにGW中とあって満員。ルールをよくわかっていない長女(5歳)も結構楽しんでいた。野球だと早く帰りたがるのに、対照的だ。なんでかなと考えていたが、単純に、野球よりボールが大きく、また野球より“静”の時間が短く,退屈しないからだと思う。1対0という最少スコアでも、ファンでなくても、ボールを追っているだけで結構楽しめるのだろう。また、甲子園や大阪ドームより綺麗で過ごしやすい。そして帰り際、中年男性の係員が、「階段で転ばないように気をつけてね」と長女に声をかけてくれる。些細なことだが、気分よくスタジアムを去ることができる。単純と言われるかもしれないが、このようなことの積み重ねも、観客動員に結びつくのではないか?と思いつつ、ハーバーランドで買い物をし、夕食を済ませて帰宅すると、夜9時からNHKスペシャルでプロ野球改革を特集していた。そのなかでソフトバンクの孫オーナーも、「営業努力の積み重ね」を」強調していたが、そのとおりだろう。子どもに気を配ってもらっていると実感できれば、次も子連れ(家族)で来ようと思うものだ。自分は野球もサッカーも好きだが、また行きたいと思うのは、ウイングスタジアムの方だ(たとえヴィッセル神戸が負け続けても)。

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2005年5月 3日

GWの儀式

世の中、ゴールデンウィークである。Tシャツ一枚で十分なほどの陽気。初夏だ。

データを見ているわけではないので、漠然とした印象に過ぎないが、春秋の心地よい季節(期間)が短くなっているように思う。夏から短い秋を経て冬に、冬から桜が散るとすぐに夏という感じ。暑い夏と寒い冬が長く続く。シカゴを思い出してしまう。例年、アイスコーヒーを飲み出す時期もゴールデンウィークあたりから。べつにハードボイルド的こだわりではない。そろそろ冷えたコーヒーを欲するのが陽気の影響からなのだろう。先ほど、今年初めてアイスコーヒーを飲んだ。

追記
シカゴには行ったことはないが・・・。

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2005年5月 2日

スッキリ

今回のタイトルを見て、前2回の内容から、“またウォシュレット系のネタか”と思われたかもしれないが、そうではない。1ヶ月以上を要した壮大なプロジェクト、仕事部屋の模様替えをほぼ終了したのである。スッキリした。

ともかく、保存していた本、資料を半数以上処分した。リサイクル、古本屋へとまわしたのである。過去数年でその本ないしは資料(テープ含む)を見直したのか、を基準とした。見直していなければ、結局、保存しておく必要はないと判断。マーフィーの法則的に過去の経験でいうと、処分した途端にその資料が必要になったりするのだが、今回は、そうなったらそうなったで仕方がないと決めた。

仕事部屋は綺麗になり、“普通に”掃除できるようになった。ホコリに悩まされることも少なくなるだろう。これから暑くなるので、風通しがよくなるのも助かる。今回の模様替えを通じて、物をためこんでいくのはよくないと実感した(ま、生活習慣病も体に物をためこんでいくようなものだろう)。金もためこんでいくのはよくないのだろうか?この経験はしたことがないのでよくわからない(一生ないだろう)。

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